こんにちは、haggyです。
レオンで1日レストしたおかげで元気いっぱい。
のはずでした。
しかし実際は、長距離を歩く過酷な歩き。
もう何度「ムリ、誰か、タクシーを...」と心折れたことか。
実はスペイン巡礼後、熊野古道でもキツイ道を歩きましたが、その時に思い出したのがこの日だったくらい厳しい1日でした。
というわけで、今回もスペイン巡礼に役立つ情報を交えながら振り返っていきたいと思います。
スペイン巡礼を経験して
これまで自分が人に助けてもらうなんて「甘え」だと思っていた。
でも見返りを求めない優しさがそこらじゅうにあった。
そして私はポンコツすぎた。。。
2025年5月~6月、スペイン巡礼にてフランス人の道を歩きました。
フランスのサン=ジャン=ピエ=ド=ポーからスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまで、その距離約780km以上。
日々限界を超えて歩いていくなかで、多くの失敗をし、泣きたくなる出来事に遭遇し、でもそれ以上の喜びと楽しさ、感動を味わいました。
毎日が宝物のような日々。
人生観すら変える旅だったからこそ、日記では嘘偽りなく全てをぶつけたい。
汚い体験・嫌な思い出・準備不足だったことも全て包み隠さず。
・海外旅行の体験談を読みたい方
・スペイン巡礼がどんなのか知りたい方
・スペイン巡礼をしようか迷っている方
が楽しめて参考になるように日記を綴っていきます。
この記事でわかること
スペイン巡礼日記21日目|レオン〜オスピタル・デ・オルビゴ31.8kmを歩く過酷な巡礼路

前日は観光し、美味しいご飯も食べ、旅行気分を味わえた。
4人部屋という少人数の環境で、ずいぶんリフレッシュできたようにも思う。
さて、この日の目的地についてだが、NPO法人日本カミーノ・デ・サンティアゴ友の会のサイトに書かれている行程表では、レオンの後は24.6km先のサン・マルティン・デル・カミーノという街が目的地。
しかし、どういうわけか周りの人は皆31.8km先のオスピタル・デ・オルビゴに行くと言う。
今思うと、私の仲間たちは帰国日が迫っているため、少しペースアップをしたかったのではないか。
しかし、1日休んでいるし、31.8kmもいけるだろうという安易な選択をしてしまったのが間違いの始まりだったのだ。
夜通し騒ぐ声
ゆっくり休んだとは言いつつも、やはり大きな街の夜は騒がしい。
ホステルで窓を開けて寝ていたら、朝まで騒ぐ声が聞こえていた。
そういえばログローニョの夜も、朝までワイワイご機嫌な声が聞こえていたな。
しかしアルベルゲやホステルでは空気入れ替えのため、窓を開けて眠るのがおすすめ。
いくら少人数でも、バックパックについた汚れや服の汚れなどで、どうしても埃っぽくなってしまうのだ。
窓を開け、楽しそうな声を聞きながらうつらうつらした。
ケンカ
30km以上歩くため、AM6:15と早めにホステルを出発。
朝寝坊できた前日の朝が夢のようで、この日からまた早起きする生活だ。
夜中に雨が降ったようで、道路がしっとり濡れていた。

濡れた道路も趣があって良き。
ほとんど人がいない朝の街を楽しんでいると、突然怒号が聞こえてきた。
えぇ、なになに!?
よく見ると、男性2人が殴り合いのけんかをしている。
あんまり見ないようにしたけど、ガチで殴り合っているではないか。
殴り合いに集中して、歩く巡礼者なんて見えていないくらいガチ。
ホステル出た直後になんて光景を見てしまったんだ。
そういえばパンプローナでも朝から女性が男性を殴っていたな。
ちょうど大きな街に着くのが週末だからか、そういうシーンを見ることが多いのかも。
少し早歩きし、ぐんぐん巡礼路を進んでいく。

レオンは大きな街。
街はずれも遠かった。
そうこうしているうちに太陽が昇り、色鮮やかな建物をオレンジ色に照らしていく。

人がいないせいか、映画のセットのようにも見える。

こうして歩き進めるとやっとレオンの街はずれにたどり着いた。
歩き始めて序盤は、残りの距離を知ってしまうことでショックを受けるので、地図などは見ないでおく。
分岐
さらに歩いていくと、分岐があった。
分岐近くのベンチで休憩していると、イタリア人のイレネと札幌のリョウスケがやって来た。
ここで3人とも二択を迫られる。
①1つは、距離は短いけど景色は普通
②もう1つは、距離は長いけど景色は良い
迷った末、私は①を、イレネとリョウスケは②を選んだ。
そして案の定①の景色は普通で、後にリョウスケに聞いたら②は景色が良かったと言っていた。
ポイント
分岐のほとんどは、長い距離や上り坂があるほど絶景に巡り合える
普通と言っても思わず写真を撮りたくなる景色には出会えた。



特に上の道しるべに注目だ。
矢印の下にはサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの残りの距離が書かれている。
残り301.8km。
毎日ヒィヒィ言いながらも歩き、ついに残り300kmのところまで来たのだ。
ここまでの道は想像よりも遥かに大変で、正直信念がなければギブアップしていた。
そんな私がここまで来たことに対し、感慨深くもなる。
少し早いが、ゴールしたら泣くだろうなぁとサンティアゴ・デ・コンポステーラでのことを思い浮かべていた。
そして、前日にサンティアゴ・デ・コンポステーラの宿を予約したことで、一気にゴールが現実味を帯びてきた。
今まではサンティアゴ・デ・コンポステーラは遠い先の話のように思い、ただ歩いてきた感があったが、ようやくゴールが見えてきた。
そしてバルベルデ・デ・ラ・ビルヘンの街に到着。

オスピタル・デ・オルビゴまでは、まだあと20kmある。
こじんまりして可愛らしい街並みだが、これだけ疲れているのにあと20kmもあることに、心配もしていた。
写真右下に巡礼者のモニュメントがあり、道路を渡って撮りたかったが、少しでも先へ進みたく、写真を撮らずに先を急いだ。
韓国人グループとの交流
心配は的中し、足の裏が痛い。
これまでの歩きすぎた痛みとは比べ物にならないくらい痛い。
顔を歪めながら歩いていると、ビリャダンゴス・デル・パラモという街に着いた。

西部劇に出てきそうな街並みだったが、街並みを楽しむ余裕はなく、どこかで休憩できないかとベンチを探した。
オスピタル・デ・オルビゴまであと11.4km。
1日休んで足は元気なはず。
ところが20kmほどしか歩いていないのに足が限界だった。
特に上り坂などはないのに、足が痛くてたまらない。
写真を撮った場所から少し歩くとベンチがあり、休憩をした。
靴と靴下を脱いでみると、足の裏に大きな水ぶくれができている。
これはマメというレベルではない。
足が痛い原因はこれか。
嫌な場所に水ぶくれができてしまった。
しかし、目的地はまだ先。
いつまでも休んでいられないので出発する。
この辺りから思考は「まだ着かないかな~。早く着かないかな~」と不毛なことを考えるようになった。
そんな私でも癒されたシーンがある。
休憩所で、これまでよく会う韓国人の子たちと一緒になってお喋りした瞬間だ。
話題は韓国の辛ラーメンの話に。
私は辛ラーメンが好きでよく食べるのだが、食べる頻度を言うと「私よりも多いよ」と笑われた。
そんな会話にとても癒された。
アクエリアス休憩
何とか24.6km歩き、サン・マルティン・デル・カミーノという街に着いた。
そう、元々の目的地の街だ。
既にアルベルゲを予約しているため、さらに7.2km歩かなければいけない。
ここでアクエリアス休憩を取ることにした。
すごく綺麗なアルベルゲで、さきほど喋った韓国人の子たちがここに泊まるようだ。
外のテラス席でアクエリアスを飲んでいたら、レオンで一緒に食事をした日本人女性Aさんが来た。
Aさんもこのアルベルゲに泊まるらしい。
羨ましい...。
Aさんと少し話したのだが、レオンのホステルでほんの1時間ベッドの上に予備の貴重品を入れていた袋を置いておいただけで盗まれたそうだ。
私も気をつけないと。
足が限界
アクエリアスを飲み終わり、目的地に向けて出発するも、すぐに足が痛くなる。
地獄のような日だ。
間違いなくスペイン巡礼でいちばん辛いのは、初日のピレネー越えかこの日だ。
歩く速度もノロノロで、一向に着く気配がない。
この一本道が永遠に続くような感覚だった。

ベンチで休みたい。
それどころか地面に座ってしまいたい。
でも座ったら尻が汚れる。
それに休んだらまた到着が遅くなってしまう。
あぁ足が痛い。誰か助けて。
負の言葉しか出てこず、何度バスで行こうかと思ったほどだ。
しかしバス停も見当たらないし、バスも通らない。
選択肢が歩くしかないことに絶望しながらも、ひたすら歩く。
文章にするとほんの数行だが、やっと街の入り口に着いたのは歩き始めて10時間経った頃だった。

童話に出てきそうな塔がお出迎えしてくれて、やっと心が安らいだ。
そもそも私がこんなに足を痛めたのは、靴も1つの原因ではないかと思っている。
いや、間違いなく靴が原因だ。
スペイン巡礼では靴は妥協しない方が良い。足を守った方がいい。
というわけで、2,900円の靴を履いて失敗した話と、靴選びのコツについてまとめた記事もあるので参考にしてね。
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参考スペイン巡礼 | 2,900円の靴で780km歩き大失敗した話。おすすめの靴は?
続きを見る
やっと到着
アルベルゲまではあと20分。
もうひと踏ん張りだ。
街が見えると足取りも力強く復活するが、この日は変わらない。
痛い足が何とかマシになるよう、かばうようにヒョコヒョコ歩いていく。
ミゲルから「今どこにいる?」と電話が来た。
おおよその位置を伝えると、「ご飯作ってるから着いたら連絡して」と。
ミゲルのご飯が食べられると思うと、少しだけ力強く歩けた。

これまで通ったどの街よりも童話っぽくてきゅんとした。
旗もステキだ。

橋を渡りながら横を見ると、カラフルな屋根のテントにいくつものロゴ。

まるでハリー・ポッターのクィディッチ大会のようだ。
街の中心部はさらに雰囲気がある。

建物と同系色の旗は統一感があり、街をさらにオシャレに見せているように思う。
ゴールが近いこともあり、痛い足に顔が歪みながらもテンションが上がった。
最後のディナー

歩き始めて10時間半弱、とうとうアルベルゲに着いた。
1日休んだはずなのに、本当にきつかった。
今思い出してもこの日の「まだ到着しない絶望感」は鮮明に思い出せる。
ピレネー越えとこの日を乗り切ったのだから、日常の少し嫌なことも笑って流せると思えた。
実際は流せなかったけど。
ほぼ個室
アルベルゲは「DORMERO Albergue San Miguel Hospital de Órbigo」。
事前にリョウスケの分も予約しておき、彼は私よりもだいぶ早く到着していた。
私よりも長い距離を歩いていたはずなのに、さすが早い。
部屋にはベッドが4つあったが、誰も来なかったので2人で使えた。

ポイント
部屋に異性と二人きりなんて...と思うかもしれないが、何日も一緒に歩き旅をしていると、家族のような感覚になる。
足も痛いし疲れているし翌朝は早いし、間違いが起こることはない。
夜更かししてお喋りなんてこともない。
就寝時間になったら、いかに心地よく眠るかが大事なのだ。
アートなアルベルゲ
さてこのアルベルゲ、とてもアートなアルベルゲだった。
まず看板からして味わいがある。

字体も絵も可愛らしい。

そして、アルベルゲの中はたくさんの絵が飾られていた。

階段下に絵具やキャンバスがあったので、巡礼者が描いた絵だ。
私も描こうと思えば描けたが、絵心がまるでないのでやめておいた。
でもどれもステキな絵で、思わず1枚1枚時間をかけて見てしまった。
ミゲルの手料理
ミゲルやマチョは隣のアルベルゲに滞在。
皆を待たせるのは申し訳ないので、シャワーは後回しにして夜ご飯をいただくことにした。
ミゲルを見た瞬間ホッとして思わず涙が出そうになった。
料理はお庭で。

サラダは色とりどりの野菜が入っていて、疲れた身体に染みた。

続いてトルティージャ。
市販のトルティージャを温めて生ハムを乗せただけだと言うけど、ものすごく美味しい。
冷えたトルティージャも美味しいが、温めるとより一層美味しくなる。
そして生ハムとの相性も良い。

最後はパスタスープ。
味はもちろん絶品だが、ソーセージが入ることで塩味が加わり、体に必要な要素が摂取できる。

今日の料理も美味しくて感動。
でも翌日の行程について話していると、ミゲルは翌日私よりもさらに遠くへ行くらしい。
もう会えなくなるのかなと思うと、寂しかった。
でもどこかで追いつけるかもという楽観的な考えもある。
しかし、この日がミゲルの手料理を食べた最後と日となった。
以降私は寂しさと新たな出会いが入り混じった巡礼後半の日々を過ごすことになる。
翌日の日記も楽しみにしていてくださいね。
Buen Camino!
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▼読んでいただきありがとうございます

