こんにちは、haggyです。
昨夜は久しぶりに羽目を外してしまった私。
この日は無事に起きて、観光できたのでしょうか。
20日目、レオンでの休息dayを振り返っていきます。
スペイン巡礼を経験して
これまで自分が人に助けてもらうなんて「甘え」だと思っていた。
でも見返りを求めない優しさがそこらじゅうにあった。
そして私はポンコツすぎた。。。
2025年5月~6月、スペイン巡礼にてフランス人の道を歩きました。
フランスのサン=ジャン=ピエ=ド=ポーからスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまで、その距離約780km以上。
日々限界を超えて歩いていくなかで、多くの失敗をし、泣きたくなる出来事に遭遇し、でもそれ以上の喜びと楽しさ、感動を味わいました。
毎日が宝物のような日々。
人生観すら変える旅だったからこそ、日記では嘘偽りなく全てをぶつけたい。
汚い体験・嫌な思い出・準備不足だったことも全て包み隠さず。
・海外旅行の体験談を読みたい方
・スペイン巡礼がどんなのか知りたい方
・スペイン巡礼をしようか迷っている方
が楽しめて参考になるように日記を綴っていきます。
この記事でわかること
スペイン巡礼日記㉑ | 20日目、レオンで休息とサンティアゴ・デ・コンポステーラのホステル予約

巡礼では22時頃に眠るため、昨晩は久しぶりの夜更かし。
といっても23:30にはホステルに着いたんだけどね。
いや~我ながら羽目を外してしまった。
24.4km歩いてお酒飲んでカジノして...。
こんな1日の過ごし方は初めてだった。
AM9:00起床
巡礼ではAM5:30に起きることも珍しくないが、この日は遅くまで寝ていられる休息日。
とはいっても9:00には起きた。
酔いっぷりにリバースも覚悟したけど、リバースすることはなく、二日酔いもない。
充実した1日になりそうな予感。
咳止めのトローチ
シャワーを浴びてベッドに戻ると、枕元に見覚えのない物がある。
よく見ると、薬と手紙が置いてあった。
前日一緒に夜ご飯を食べた日本人女性Aさんが、咳止めのトローチをくれたのだ。
手紙には飲み方や身体を労わる優しい言葉が並べてあり、嬉しくて泣きそうになった。
Aさんはこの日はホステルを変えるとのことだったので、慌ててAさんの部屋にお礼を伝えに向かう。
直接お礼ができてよかった。
そしてAさんとは2026年2月、熊野古道で再会をした。
レオン大聖堂
リョウスケとレオン大聖堂へ行くことに。
ブルゴス大聖堂でわかったことだが、多分私の方が圧倒的に出てくる時間が早いだろう。
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参考スペイン巡礼日記⑬ | 12日目、大都市ブルゴスへ!大聖堂が圧巻すぎた
続きを見る
さっそく中へ入ってみる。

ポイント
レオン大聖堂は、フランスの影響を受けたゴシック様式が特徴。
最大の見どころは、壁面の多くを占める色鮮やかなステンドグラス。
中に入ると、柔らかな光が空間全体を満たし、幻想的な雰囲気があります。
高く伸びる尖塔や繊細な装飾も印象的。
ステンドグラスの美しさにうっとり。

大聖堂内の随所にステンドグラスが施されてあり、つい私も長居して見入ってしまう。

1時間半くらいかけて中を見学したが、リョウスケはまだ見ているようだ。
初めての友人と再会
大聖堂を出ると、目の前のカフェにオーストラリア人のピーターがいた。
ピーターは巡礼でできた最初の友人。
▽ピーターとの出会い
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参考スペイン巡礼日記① | 0日目、サン=ジャン=ピエ=ド=ポーでクレデンシャル発行
続きを見る
最初の数日は巡礼路で会い、話すこともあったのだが、ここ1週間ほど見かけなかった。
歩くのが早いからずっとずっと先を行っていたかと思っていたので、再会できて本当に嬉しかった。
一緒にコーヒーを飲んで写真を撮ったのも思い出。
だけどピーターとはこの日を境に会うことはなかった。
インスタなどのSNSは「自分は古い人間だからやっていないんだ」と言う。
無事にサンティアゴ・デ・コンポステーラに着いただろうが、その後どうしているだろうか。
ガウディの建築物
リョウスケとカサ・ボティネスへ。
建築家ガウディが手がけた数少ないカタルーニャ地方以外の作品の一つで、外観はまるで中世の城のよう。
もともとは商業施設兼住宅として建てられたもので、現在は内部を見学できる博物館になっている。

さっそく中を見て回ることに。
1階はガウディの建築についての説明と、写真のような展示が。

レトロな展示が好きなので、気づけば写真をたくさん撮っていた。

そして上階へ。
窓の外を見ると雨が降っていた。
朝は晴れていて、雨の気配なんてなかったのに。
空は明るいから天気雨のようだ。

階段の踊り場。

久しぶりに観光っぽいことをし、旅行者気を味わえた。
久しぶりの日本食に歓喜
スペイン巡礼をしてからどうしても恋しかったのが日本食。
リョウスケと、途中でバッタリ会ったウォーキングレジェンドTさんと一緒に日本食レストランへ行くことに。
まずはビール。お通しに枝豆が出てきた。

そして日本食をオーダーしていく。
まずはサーモンのフライ。

日本食か?と聞かれたら微妙なのかもしれないが、衣はサクッと、中はホクホクのサーモンで美味しかった。
タレが甘くて日本テイストではなかったけど、ビールに合うし満足だ。
そしてうどん。

うどんなのにナッツが入ってたり、お出汁が関東風でも関西風でもなかったりと独特な味付けだが、麺はうどんだ。
スペインではさっぱりしたかけうどんは売れないのかな?と思うが、これもこれで美味しい。
最後に寿司ロール。

寿司なんて贅沢は言わない、海外の味付けでいい。
ただお米が食べたかった。
あぁ、米と具材が絡み合うこの感じ、最高すぎる。
もちろん日本で食べる日本食とは異なるが、大満足だ。
これでまたしばらく日本食とはお別れだ。
1か月前に食べた日本の寿司が遠い昔のように感じる。
サンティアゴ・デ・コンポステーラのホステル予約
一旦ホステルに戻り休憩。
そしてホステルのダイニングで今後の旅行計画を立て始める。
どうやらサンティアゴ・デ・コンポステーラに到着する日は、ちょうど2週間後になりそうだ。
嬉しいんだか悲しいんだか、終わりが見えてきてしまった。
そして、ちょうど到着する日、サンティアゴ・デ・コンポステーラでは音楽祭が開催される予定だった。
音楽祭=宿の予約ができない可能性大。
サンティアゴ・デ・コンポステーラで宿が無いのは困るので、少し早いが予約した。
後悔
これまでは皆同じ宿に泊まることが多かったのに、サンティアゴ・デ・コンポステーラだけは皆バラバラの宿を取ってしまった。
皆と同じ宿に泊まっていれば、もっと最後まで皆といれたのに...とも思う。
巡礼後の旅行計画
そろそろ、サンティアゴ・デ・コンポステーラ以降の旅行計画も立てなければいけない。
メインで訪れたいのはマドリード、バルセロナ、そしてパリ。
他にもマドリードから日帰りで行ける街へ行く予定だったが、まずはこの3都市の宿の確保だ。
できればホテルステイをしたかったが、マドリードもバルセロナも高い...。
むしろマドリードは安価で個室を予約できたと思ったら、「男女共用の8人部屋で予約されているよ」と言われ撃沈することになる。
パリはプライベートルームを予約した。
行きたいところを考えると、この先1日もレストできない。気を引き締めないと。
ディナー
夜はマチョやミゲルたちと夜ご飯。
オシャレな店内に気分も上がる。

前日のイレネに続き、フロリダギャル・シードラも白いワンピースを新調していて素敵だった。
私もレオンで服を買いたかったが、今買っても荷物が余計に重くなるだけだ。
サンティアゴ・デ・コンポステーラに着いたらマドリードやバルセロナ、パリを旅行するときのために、たくさん服を買うと決めていたのでガマンした。
1品目はエビ。

2品目はタコ。

どちらも素材のうま味が活かされた味付けだった。
臭みもなく、ペロリだ。
サラダも具沢山。

ツナが乗っかってて、タンパク質も摂れる。
この先の巡礼にありがたい栄養素だ。
そして肉料理。

肉料理はミゲルがオーダーしていたので、写真を撮らせてもらった&一口だけもらった。
「レオンではこの肉を食べないと!」とオーダーしていた。
ミゲルの食への探求心や知識は本当に学びが多い。
私は料理があまり好きな方ではなく、作るときも嫌々なことが多いので、帰国したときに料理への向き合い方が変わりそうな予感がしていた。
結果、たまに思い出し丁寧に作るときもあれば、変わらず嫌々作ることもある。
でもちゃんと思い出すときがあるっていうのは大事だよね。
日記にはあまり登場していないと思うが、オーストラリア人のイケオジ・ルークも途中参戦し、集合写真。

どれも美味しくて、この日は久しぶりに満足できる食事だった。
ルーフトップバー
食事の後は、どこかのホテルのルーフトップバーへ。
眺めがいい。

濃淡なオレンジ色の屋根は、エストニアのタリンでも見たな。
21時なのに暗くなる気配はない。
次の日からまた巡礼再開だから遅くまで飲めないし、夜景は見れなそう。

夕食のメンバー以外にもオーストラリア人女性クローディアなども集まり大所帯に。
そして3日目以降見なかったメンバーを久しぶりに見かけて嬉しくなった。

シードラとの別れ
ここでフロリダギャルのシードラが衝撃的な発言を。
「足の痛みが限界だから、私はこの先へは行かない。帰国する」と。
一瞬、「あれ、私英語聞き間違えたかな?!」と思うほどの告知だった。
彼女は早々に足が痛くなった子だったので、1日置きにバスを利用して痛みと向き合いながら巡礼していた。
歩くときはバックパック配送サービスを利用し、少しでも身体が楽になるように工夫していた。
足が痛いはずなのに、突然一人でビューンと先を歩きだし、次の街のベンチで皆を待っていたり、皆でノリノリになって歌いながら歩いたり...。
感情豊かで天真爛漫で、楽しい子だった。
そうか、彼女とは一緒にサンティアゴ・デ・コンポステーラまで行けないのか。
彼女はリョウスケが大好きで、リョウスケを見ると必ず「RYOSUKE~」とぱぁっと笑顔で抱きしめていた。
そんな彼女を見るのが私も好きだった。
とても寂しいけれど、こんな風にお別れできるのはラッキーだったのかもしれない。
知らないうちに行程がズレで挨拶できないまま別れた人もたくさんいたから。
シードラとはインスタで繋がっていて、私がリョウスケとたまに飲みにいき、彼の写真を投稿すると必ずイイねしてくれる。
すごく楽しい旅をありがとう。
私が歩くのしんどいとき、一緒に歌いながら歩いてくれてありがとう。
私の巡礼はまだ続く。
翌日も早いので、1杯飲んで早めにホステルへ戻った。
そして翌日、初日と同じくらいしんどくてしんどくてたまらない歩きをすることになる。
振り返るといちばん辛い日だったように思う。
翌日の日記をお楽しみに!
Buen Camino!
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