こんにちは、haggyです。
フランスのサン=ジャン=ピエ=ド=ポーからスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラへ約780km歩く巡礼もいよいよ最終日。
初日のピレネー越えで早くも挫けそうになりながらも、よく歩き続けられたと自画自賛。
最終日のこの日は、号泣と爆笑が入り混じった思い出深い日になった。
それでは振り返っていこう。
スペイン巡礼を経験して
これまで自分が人に助けてもらうなんて「甘え」だと思っていた。
でも見返りを求めない優しさがそこらじゅうにあった。
そして私はポンコツすぎた。。。
2025年5月~6月、スペイン巡礼にてフランス人の道を歩きました。
フランスのサン=ジャン=ピエ=ド=ポーからスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまで、その距離約780km以上。
日々限界を超えて歩いていくなかで、多くの失敗をし、泣きたくなる出来事に遭遇し、でもそれ以上の喜びと楽しさ、感動を味わいました。
毎日が宝物のような日々。
人生観すら変える旅だったからこそ、日記では嘘偽りなく全てをぶつけたい。
汚い体験・嫌な思い出・準備不足だったことも全て包み隠さず。
・海外旅行の体験談を読みたい方
・スペイン巡礼がどんなのか知りたい方
・スペイン巡礼をしようか迷っている方
が楽しめて参考になるように日記を綴っていきます。
スペイン巡礼33日目、サンティアゴ・デ・コンポステーラへ|号泣と爆笑で忘れられない1日に

最終日は19.4km先にあるサンティアゴ・デ・コンポステーラ。
20kmを切る日は楽に感じるが、この日はいつもと違ってナイトウォーク。
夜道を歩くので、これまでよりゆっくりになるかもしれない。
出発
ナイトウォークのメンバーとは夜10時にアルベルゲの玄関で集合することになっていた。
少し早い気もするが、アルベルゲのドアが10時に閉まってしまうのだ。
最後なので、この日は巡礼途中からすっかりしなくなった化粧を念入りにする。
久しぶりの化粧だからか、巡礼で汗をかいて老廃物が流れたからか、やけに化粧のノリが良い。
無関係な巡礼者も数人混じっているが、メンバーと記念撮影。

ついに最初で最後のクレイジーな歩きが始まる。
一緒に歩いたメンバーは、韓国ガールのタユン、ドイツ人のニコラス、チェコ人のガスパル、リョウスケ、私の5人だ。
ポイント
サンティアゴ・デ・コンポステーラ5km手前にあるモンテ・ド・ゴソという街に宿泊するという方法もある。
そうするとナイトウォークをしなくても、余裕で朝日やサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂の午前のミサに間に合わせられる。
腹ごしらえ
アルベルゲに到着してから何も食べていなかったので、お腹がペコペコだ。
まずはアルベルゲから10分程歩き、腹ごしらえ。
夜10時にはお店がほとんど閉まっていたので、空いているお店があり一安心。

イタリアンのお店でピザとパスタをシェアして食べた。
トイレのドアが開かない
ナイトウォーク一番の気がかりは、トイレ。
カフェやバルは閉まっているため、トイレは利用できないだろう。
なので、行けるうちにトイレに行っておかなければならない。
お店を出る前にトイレに行き、用を足した。
給料の前借りみたいに、夜中~朝に出す物も出せればいいのに。
なんて思いながらトイレを出ようとすると、ドアが開かない。
「あれ、おかしいな」と何度もガチャガチャ開けようとするが、ドアは開いてくれない。
焦りが増していく。
どうにかなるのはわかっているはずなのに、実際に閉じ込められると「このまま朝まで放置されたらどうしよう」と焦ってしまうのだ。
ドアノブをガチャガチャ回しても開かないので、ドアをたたいてみた。
するとしばらくして、ガチャッとドアが開いた。韓国ガールのタユンだった。
助けようとしたわけではなく、タユンも用を足そうとトイレに行きドアを開けたら私がいたため、若干驚いていた。
でも良かった。これで一安心。
あぁ、タユン、ありがとう。
念のため、タユンも出れなくなったら困るので、ドアのそばで待っていた。
タユンは難なく出てきた。
私の何がいけなかったんだろう。
今も答えは出ない。
夜道を照らせ!
23時頃、お店を出て歩き始めた。
市街地は電灯で明るかったが、山道に入ると真っ暗だ。
みんな各々ライトを照らしていく。

ヘッドライトを点ける者、スマホのライトを照らす者、それぞれだ。
私はスマホのライトで道を明るくした。
暗い道=怖いではなく、学校の宿泊研修で肝試しをやるときのワクワク感があった。
誰も暗いから怖いなんて言う人はいなかった。
皆どこかワクワクしている様子だった。
宿泊研修の肝試しに近い感覚の他、映画「スタンド・バイ・ミー」の少年たちという表現もピッタリだろう。

はじめは人がいない道を歩くなんて...と思っていたが、仲間と一緒に歩いている。
人でいっぱいなところを歩くよりもいいかもしれないと思い始めていた。
WhatsAppでやり取り
イタリア人女性のイレネから「いつサンティアゴ・デ・コンポステーラに着くの?」とWhatsAppのグループチャットを通じてメッセージがきた。
イレネもオーストラリア女性クローディアも、サンティアゴ・デ・コンポステーラにいるらしい。
二人とも、朝フィステーラへ向かうとのことで、サンティアゴを発つ前に朝食をと言ってくれた。
フォンセバドンを過ぎたあたりから先へ進み、再会できなかった二人だが、会えるかもしれない。
そう思うと、ワクワクしてきた。

サンティアゴ・デ・コンポステーラはもうすぐだ。
最後のオレンジポンチョ
小さな村を通る。
屋根に小さな十字架が付いているので、教会だろうか。

見渡す限り、周辺にトイレはなさそう。
村を抜け再び山道に入ると、ポツポツと雨が降り始めた。
弱いミスト状の雨で、これくらいならこのまま歩けると思っていたが、次第に強くなってきた。
山道のど真ん中にバックパックを置き、ポンチョを取り出す。
初日のピレネー越えと最後の日はポンチョだ。
ポンチョと言えば、私のポンチョは何を思ったか鮮やかなオレンジ。
このポンチョが目立っていたようで、初日いろんな人に声をかけられたっけ。
そのときの日記はこちら。
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参考スペイン巡礼1日目、サン・ジャンからロンセスバージェスへ|ピレネー越えの過酷なスタート
続きを見る
ダサかったけど、このポンチョのおかげで楽しい思い出がたくさんできた。
こんな色合いのレインウェアは私だけだろうと思っていたが、なんと、タユンも似たようなポンチョを持ってきていた。
まさかタユンまで!!
並んで歩くと面白い。

次の村にたどり着いたとき、とうとう残り10kmとなった。

ついにここまで来たか。
そして、もうナイトウォークも半分歩いたことになる。
座れそうなので、ここで少し休憩をとることにした。
我々以外には人っ子一人いない。

15分ほど休憩しただろうか、再び歩き始める。

もうサンティアゴ・デ・コンポステーラは近い。


歩いていると、時折サンティアゴ・デ・コンポステーラの夜景がチラリと見える。
写真も撮れないくらい遠くて一瞬だが、美しい。
日中歩いていたら、どんな景色だっただろう。
転倒
サンティアゴ・デ・コンポステーラ手前の街までやって来た。
装飾がされている。


ここら辺に来ると、ほぼ寝ずに歩いた疲れと歩き疲れが一気に押し寄せ、しんどくなってきた。
しんどいのは私だけではない。
みんな眠そうにしている。
ニコラスは、歩き始めこそテンションが高かったものの、疲れでだんだん口数が減っていた。
さらに歩き進めると、大きな公園に入っていく。
遠くからズンチャズンチャと音が聞こえてきた。

遠くて何をやっているかわからないがイベントが開催されているのは間違いなさそうだ。
そして、イベントへの興味と疲れで気を取られ、派手に転んでしまった。
大したことないが、バックパックの重みで防ぐことができず。
そろそろどこかで休みたい。
幸いにも公園の駐車場に低い石垣があり、そこで仮眠を取ることに。
人の横幅程しかない石垣の上で横になり、仮眠を取った。
バックパックが枕だ。
駐車場にはたくさんのキャンピングカーや車が行き来している。
静かに眠ることはできないが、どのみち寒くて眠れそうにない。
後々調べると、モンテ・ド・ゴソという街で開催されている音楽祭だったことが判明。
そういえば、サンティアゴ・デ・コンポステーラ近くで音楽祭が開催されるから、早めに宿の確保をしたんだっけ。
これがその音楽祭なのか。
点と点が線で繋がった。
そして、この休憩が終わったあたりから、尿意をもよおしはじめた。
サンティアゴ・デ・コンポステーラ到着
AM4:15頃、ついにサンティアゴ・デ・コンポステーラへ着いた。

とうとうここまで来たのか。
大聖堂までもうすぐだ。
誰もいない市街地をぐんぐん進んでゆく。

山道と違い、街灯が明るい。
野〇
寒さもあり、尿意は加速していく。
しかし歩けどもトイレらしきものはない。
お店はどこも閉まっている。
コンビニもない。
もう腹を括るしかない。
どこか茂みに隠れてするしかない。

幸いにもリョウスケがトイレットペーパーを持っていたので、いただく。
そして、皆には先に行ってもらい、公園の木陰で野ションした。
・トイレがない、どうしよう
・漏らしたらどうしよう
・どこかにトイレはないだろうか
トイレに関する、これら全ての不安から解放されて色んな意味でスッキリした。
とりあえず一安心だが、この肌寒さだとまたすぐにもよおしそうだ。
感動のラストにトイレ問題で水をさされないか心配。
そうこうしているうちに、旧市街へと入っていく。
一気に中世時代にタイムスリップしたかのような街並みだ。

大聖堂が近い証だ。
ついに大聖堂へ・号泣
より雰囲気ある建物が並んでいる通りに入った。

もはやどれも大聖堂に見えてくる。
「これが大聖堂?!いや、違うか」と何を見てもドキドキする。
下の写真の建物にも「なんか写真で見るゴールの大聖堂と違うけど、これか?いや、違うな」と心の中で盛大に勘違いする。

緊張の瞬間になると、ついネタに走ってしまいがちな私だが、恐らくみんなゴールに向けて感情が昂っているはずだ。
ここで私のネタで水を差すのは良くないと思い、心の中で「これがそうか?いや違うな」と勘違いし続ける。
中々着かないので、実は大聖堂はもっと遠いんじゃないか?と思った矢先、アーチが見えてきた。

雨でしっとり濡れた石畳とアーチ。
趣がある。

そしてこのアーチを抜け、左に曲がると...。
「これだ!サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂!!!」

風が強く、じっとしていたら寒く感じる、そんな日のAM5:15頃ゴール。
とうとう着いたのだ。
荘厳な大聖堂を見た瞬間涙が出た。
色んな思いがあふれ出る。
初日のピレネー越えからここまで、よくやめずに780kmを歩いたなと、まずは自分を讃える涙。
自己肯定感が低い私にとって、自分を讃える涙を流したのは初めてだった。
体力のある人にとっては、この巡礼は楽かもしれない。
でも体力がない私にとっては、体を動かすことでこんなに達成感を得られたことはなかった。
毎日しんどいと言いながら、本当によくゴールした。
それから亡き愛犬たちへ。
「ママやったよ!君たちのために頑張ったよ!」って思った瞬間、涙がドバドバと。
どんなに足が痛くても、肩がしんどくても、歩くことで愛犬たちへの愛が証明できるような気がしていたから歩き続けられた。
最後に、これまで一緒に歩いてきた仲間を思っての涙。
仲間たちの無償の親切に助けられた旅だった。
歩くのが辛くても、翌朝には「よーし今日も歩くか!」と思えたのは、仲間たちとの最高の時間があったから。
途中で別れてしまった仲間も含め、
・笑いながら歩いたこと
・時には真面目な話をしたこと
・お酒を飲んだこと
一つ一つの場面を思い出しながら、全ての人に感謝する涙だった。
自分一人の力ではたどり着けなかったかもしれない。
いや、たどり着けたかもしれないが、思い出がたくさんあるから、感動もひとしおなのだ。
ひとしきり泣いた後、「そうだ!皆が写真を撮る場所だ」と我に返る。
後ろに下がり、大聖堂が全て写るよう写真を撮った。

少し冷静になったら、またトイレに行きたくなってきた。
大聖堂前で就寝
全ての巡礼者にとって特別な瞬間であるゴールに向けて共に歩いた仲間たち。
しかも夜に歩くという貴重な時間を過ごしたメンバーだ。
せっかくなので、記念撮影。

大聖堂が斜めに写っているが、いかんせん周囲に誰もいないのでセルフィーするしかない。
ひとしきり写真を撮り、気持ちが落ち着くと眠気がやってきた。
皆落ち着くところで寝転がって眠ることにする。
横になってみると、石畳のゴツゴツが背中に当たり、とてもじゃないけど眠れたものではない。
それにじっとしていると寒い。
寒さが私の尿意を刺激するので、余計眠れない。
これはトイレに行かないと本格的にまずいことになる。
トイレを探してみたが、見渡す限りない。
すると、広場の横に高級そうなホテルがあった。
格式高そうなので、私のような巡礼者がトイレだけ借りるなんて良い顔はしないだろう。
行きたくない、でもやるしかない。
恐る恐る重厚感のあるドアを開け、フロントにいたスタッフに「大変申し訳ないのですが、エマージェンシーでして...」と深刻そうな目で訴えた。
すると、「OK!トイレはあっちにあるよ」と指さしてくれた。
「Muchas gracias」とお礼を伝え、トイレを借りた。
後で調べたら、5つ星ホテルだった。
\ 部屋が豪華 /
ゴールした記念に1泊してもいいかもしれない。
無事にトイレをお借りし、事なきを得た。
スッキリした表情でホテルを出て広場に戻ると、広場のど真ん中で眠っていたニコラスが警察2人組に移動するように言われていた。
「スペイン語で話す警察が何を言っているかわからず、無視をしたら一言UP!!って言われたよ」と笑っていた。
広場のど真ん中で寝ていたら、なんとなく言われることわかるだろうに。笑
サプライズにまた号泣
少しずつサンティアゴ・デ・コンポステーラの空が明るくなり始める。
ナイトウォーク中メッセージのやり取りをしていた、イレネとクローディアが本当に会いに来てくれた。
オーストラリア人のイケオジ、ルークも一緒だった。
会えるかもしれないと思っていたが、本当に会えるとは。
巡礼の前半~中盤、旅を彩ってくれた素敵な仲間たちだ。
皆の顔を見た瞬間、またドバドバと涙が出てきた。
▽クローディアと

▽みんなで集合写真

クローディアは特に、毎日辛そうに歩いていた私をよく知っている。
「ここまで来れたなんて本当にすごい」という意味をこめ「I'm proud of you」と言ってくれた。
直訳すると「私はあなたを誇りに思う」だが、「よくやったね」「私も嬉しい」という意味の方が近い。
クローディアは巡礼中、何度かその言葉を私にかけてくれていた。
「よくやったね」「私も嬉しい」のニュアンスが近いが、「誇りに思う」という直訳が根底にある気がして、その言葉をかけられる度に自己肯定感が少しずつ上がっていく感覚があった。
クローディアはティーンだったが、明るい笑顔と気さくな性格、思いやりのある心は周りを元気にした。
私の仕事机には今も、クローディアからもらった小さなコアラのぬいぐるみが飾られている。
この日、残念ながらカフェが空いておらず、朝食は叶わなかったが、最後に会えたので本当に良かった。
寒さしのぎでサプライズ
号泣はしたが、サプライズで来てくれたメンバーと笑顔でお別れ。
広場にいても寒いだけなので、カフェが開いていないか歩き回ってみた。
しかし、まだ時間が早いせいかどこも閉まっている。
すると、自動販売機が何台か入っている建物が開いていた。
入ると、暖房は入っていないものの寒さしのぎにはなる。
誰もいないので、少しの間ここで休むことにした。
体が温まってきた頃、改めて自動販売機で何が売られているか見てみると、機械の半分がアダルトグッズだった。
ニコラスもガスパルもティーンなので、「こういうのあんまり知らないかもしれないし、教育上よろしくないかしら...」なんてソワソワしていると、二人とも興味深そうに眺めていた。

ガスパル、覗きこまないで~!!
あぁ、そういうのやっぱり興味あるお年頃なのね。そりゃそうだよね。
つい先ほど、大聖堂の前で号泣していたのに、その感動を引きずらせてはくれないサンティアゴ・デ・コンポステーラなのだった。
カフェでハプニング
AM7:30頃、とうとう開いているカフェを発見。
コーヒーを注文すると、ブラウニーがついてきた。

5人で座れるテーブルがなかったので、2手に分かれて座ることに。
タユンとリョウスケ、ニコラス・ガスパル・私という組み合わせで分かれた。
ニコラスとガスパルはノートに日記を書いている。
私はというと、ほとんど寝ていないことと、本格的に暖を取れた安心感から一気に眠気が襲ってきた。
思わずウトウトする。
夢を見るか見ないかの瀬戸際にいたそのとき、鼻をすする音が聞こえた。
目を開けると、ニコラスが泣いている。
日記を書いているうちに巡礼中の様々な感情があふれ出たのだろう。
きっと一人で感情と向き合いたいだろうと思い、声をかけずに私はまたウトウトした。
涙を流すニコラス、黙々と日記を書くガスパル、ウトウトする私。
その不思議な光景をタユンがムービーにおさめてくれていた。
この不思議な出来事は、リョウスケやタユンと再会すると必ず話題になっている。
巡礼証明書GET
カフェを出て巡礼事務所へ向かう。
巡礼証明書をGETするためだ。
サンティアゴ・デ・コンポステーラは、フランス人の道だけでなく、北の道、ポルトガルの道など、全ての道を歩いていた人たちが集う街だ。
巡礼事務所は相当並ぶと見聞きしていたので、覚悟して行った。
しかし、巡礼者は多かったが、スタッフも相当数いる。
流れ作業のように証明書が発行されていくので、待たずに証明書をGETできた。
スピーディーに人が呼ばれ、証明書をもらっていくので、待たない代わりに巡礼証明書での感動はなかった。
スタッフによるのかもしれないが、スタンプを念入りにチェックされることはない。
サリアから1日2個スタンプを押さないといけないはずだが、これなら1つでもバレないのではないか...。
と思ったが、混雑具合やスタッフによるかもしれないので、この話は聞かなかったことにしてね。

上の写真はスタンダードな巡礼証明書。
ポイント
巡礼証明書の他に、3ユーロ程で出発日・出発地点・歩いた距離が書かれた距離証明書も発行できる
私は自分の足で歩いたことで満足だったし、証明書にこだわりはなかったので、距離証明書は発行しなかった。
しかし、大多数の人が距離証明書を発行していた。
ふと下を見ると、靴がボロボロだった。

18日目に初めて穴が開き、次第に穴の数は増え、大きくなっていった。
サンティアゴ・デ・コンポステーラまでもつのか不安だったが、何とか持ちこたえてくれた。
カミーノに合う靴を履いていたら、こんな心配はしなくても済んだのに。
カミーノは靴選びが大事なのだと身をもって知った。
私のようにならないためにも、下の記事をぜひ読んでね。
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参考スペイン巡礼 | 2,900円の靴で780km歩き大失敗した話。おすすめの靴は?
続きを見る
巡礼事務所の向かいには0kmの標識がある。
もう歩かなくていいのだと感慨深い気持ちにさせてくれる標識だ。

せっかくなので、ナイトウォークメンバーとセルフィー。

結局、朝日が美しいと聞いてナイトウォークをしたが、天気が悪く、朝日は見れなかった。
それでもいい。
とても思い出深い歩きになった。
これから到着する仲間たちも含め、皆で夜ご飯を食べようという話をし、一度解散。
タユンと再びサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂へ。
歩き終えた人達が続々と写真を撮ったり、ゴールしたことを喜んだりしていた。

到着したときはあんなに静かだった広場が、人で賑わっていた。
買い物・ディナー・記憶飛ばし

無事にゴールし、夜のディナーまでフリータイム。
やることは決まっている。
買い物だ。
買い物
これまで巡礼路沿いでお土産屋さんや可愛い服を見つけても、バックパックが重くなるからと買うのを我慢してきた。
もうバックパックを背負って長距離を歩くことはない。
さぁ買い物だ。
ホステルに荷物を預けて服を買いに行くことに。
これからスペインを観光するので、観光用のおしゃれ着がほしい。
色んなお店を回ったが、ZARAで2~3着購入。
ズボンを試着したのだが、これまで入らなかったサイズが入って歓喜!!
巡礼して良かった!ありがとう!!
と同時に、このウォーキング習慣があったからサイズダウンに成功しただけ。
日本に帰っても体を動かし続けないとすぐに元通りになるのではないかと悟った。
何とか帰国後も運動をしないと!と誓うも、8か月後、しっかりリバウンドすることになるのは先の話。
違うお店でサンダルも購入した。
ホステルで一休み
買い物後、ホステルに戻り一休み。
前日の夕方ベッドに横になったが、ほとんど眠れなかったので、ほぼ徹夜。
カフェでウトウトしたけど、短時間。
4人部屋で同室の人はまだ誰もいない。
ゆっくり眠れると安心していたが、ゴールして服を購入して身体が興奮しているせいか、2~3時間ほどしか眠れなかった。
街ブラと一人飲み
早めに起きたので、さっそく買った服を着て、化粧もして待ちブラすることに。
買い物も済ませてしまったので、タパスのお店で一人飲み。

おおお!なんて優雅なひとときなのだ。
朝のカフェ以降何も食べていない状態でワインを飲んだせいか、タパス2~3個でお腹が膨れた。
タユンとスイーツ休憩
タパスのお店を出た後はタユンと合流し、スイーツタイム。

もう長時間歩くことはないのに、こんなに胃に入れてしまってもいいのかと罪悪感がわいてしまう。
タユンと話に花が咲く。
巡礼中同様、楽しい話・ウワサ話・お互いの国の文化や慣習・真面目な話と話題はつきない。
タユンも明日までサンティアゴ・デ・コンポステーラに滞在するそうだが、きっとこんなに話をする日も明日で終わってしまう。
余談だが帰国後、札幌とソウルで会ったときも話はつきなかった。
飲み会
飲み会メンバーはミサに参加していたため、ミサが終わった頃に飲み会は始まった。
ガスパルは疲れていたため、飲み会はやめておくとのこと。
なのに、「今日が最後だから」とわざわざ挨拶に来てくれた。
そんな礼儀正しい姿に韓国ガールのタユン・チーヨン・私はキュン。
ガスパルの振る舞いについては、次の日のランチでも、帰国後に会ったときも必ず話題になるほど好感度が高かった。

たくさんの人がお店にやってきて、一緒に写真を撮った。
実はお酒と「今日が最後の宴だから楽しまなきゃ」という気負いから、お酒が早く回り、このときから記憶が少し飛んでいた。
2軒目
2軒目はBARへ。
正直誰がこのお店を選んだのかも、どうやってこのお店を見つけたのかも覚えていない。
皆で集合写真を撮った後、ショットを3杯飲んだのはしっかり覚えている。

ショットを飲んだ後、知らない人とビリヤードしたのと、ニコラスと「もうお別れだね」と言いながらハグしたのは覚えている。
そんな記憶しかないけど、すごく楽しかったことは間違いない。
でもレオンでショットを一緒に飲んだマチョがいないのはちょっぴり寂しかった。
リョウスケとの別れ
お店を出ると、皆各々の宿泊施設へ戻った。
これで本当に解散だ。
ついにリョウスケともお別れするときがきた。
彼は翌日からムシアやフィステーラへ向かう。
初日のロンセスバージェスで顔を合わせてから1か月以上。
ほとんどの時間を過ごした可愛い弟のような存在だ。
札幌で会えるけど、カミーノとは違う感覚だからさみしい。
思えば色んな人と別れた。
お酒でハイになっていたはずなのに、別れを思うと「辛い。寂しい。」という感情でいっぱいだった。
サンティアゴ・デ・コンポステーラは2泊することになっていたので、あと1泊過ごすことになる。
いよいよ翌日が最後の日記になります。
みんなとお別れした後、どんな1日になるのでしょうか。
Buen Camino!
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